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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)292号 判決

神奈川県厚木市上古沢1369番地

原告

株式会社興研

代表者代表取締役

松本袈裟文

訴訟代理人弁護士

小柴文男

井坂光明

同弁理士

千葉太一

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

菅澤洋二

矢田歩

奥村寿一

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第21932号事件について、平成3年10月3日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年11月25日に出願した特願昭60-262532号を原出願とする分割出願として、昭和62年12月8日、名称を「抵抗器の抵抗体に循環水を用いる方法」とする発明につき特許出願をした(昭和62年特許願第308698号)が、平成2年10月19日に拒絶査定を受けたので、同年12月11日、これに対し不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第21932号事件として審理したうえ、平成3年10月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月8日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、その出願前に刊行された特公昭44-6098号公報(以下「引用例1」という。)及び実開昭53-31235号公報(以下「引用例2」という。)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許を受けることができない、と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、各引用例の記載事項の認定、引用例1に記載された発明(以下「引用例発明1」という。)と本願発明の相違点の認定は認める。

しかし、審決は、本願発明の要旨の解釈を誤り(取消事由1)、本願発明と引用例発明1との対比を誤り(取消事由2)、引用例2に記載された考案と本願発明とは水中電解質濃度の恒定制御に関する技術思想を全く異にしているのに、これを看過し、引用例発明1に引用例2に示されているような所望の濃度を得るための恒定制御を並設するだけのことには格別の発明力を要しないと誤って判断した(取消事由3)結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本願発明の要旨の解釈の誤り)

本願発明の要旨を分説すると、以下のとおりである。

〈1〉  循環途上でフィルターや純水器等の適宜手段により水中電解質を積極的に濾過排除や分離排除して所定高純度に調節設定するのと並行して、

〈2〉  風冷式ラジエター、風水冷式ラジエター、熱交換器等の適宜冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御し、

〈3〉  少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御した還流水を消費電力が一定に保つよう高電圧の状況下で適用する

〈4〉  抵抗器の抵抗体に循環水を用いる方法

上記構成要件〈2〉の「所定温度」とは、ある定まっている値又は値の範囲の温度を指している言葉であって、その「所定」という言葉の用語例からいって、その具体的な数値は、当然に本願明細書の記載等に基づいて合理的に解釈補充されるべきものである。

本願発明の場合、上記本願発明の要旨に示されているように、構成要件〈1〉、〈2〉が、構成要件〈3〉の前提要件に立っていることから、この「所定温度」が、少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御し、高電圧の状況下で適用するための安全運転限度温度であることは、明らかなところである。この「所定温度」がこのような安全運転限度温度である限り、「所定温度」の具体的な数値は、本願明細書の記載(平成3年1月10日付け手続補正書、補正の内容(2)、(6))に照らし、「75℃以下、好ましくは70℃以下」という意義に特定して解釈すべきである。

ところが、審決は、このような具体的な数値による意味充填を行うことなしに、その抽象的な意味のままに解釈しているのみであって、本願発明の要旨の解釈として明らかに正当でない。

したがって、引用例との対比を議論するまでもなく、審決の判断は誤りである。

2  取消事由2(引用例発明1との対比の誤り)

(1)  審決は、本願発明と引用例発明1とは、「還流水を高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体として用いる方法である点で一致する」と認定したが、誤りである。

引用例発明1は、高電圧の状況下で適用する液体抵抗器に関する先行技術ではないし、審決自身も、引用例1の記載内容について、高電圧の状況下で適用するものであるとは認定していない。

すなわち、引用例1の液体抵抗器は、液槽1内の固定電極2の上部付近に検出素子10を設けているが、もしこれを高電圧下で使用すると、電界が集中する前記検出素子10の先端と固定電極2との間で絶縁破壊が起きて放電が生ずることになるし、液温を90~95℃に保持するとしていることからみても、低電圧用であることは明らかである。被告は引用例1において当然に水中アーク放電防止の考慮はなされているというが、そこには何らそのことを示唆すべき記載がない。

被告は、引用例1に示された90~95℃という液温は単なる一例にすぎない旨主張するが、電解液を沸騰点以下の「高温度」に保持して電極の異常摩耗を防ぐことが引用例発明1の目的である限り、引用例発明1の液体抵抗器は高電圧用としては使用できないものであって、低電圧用の液体抵抗器を前提にした発明といわなければならない(甲第16号証、鑑定意見書)。

電気設備に関する電気工学の分野において、高圧(高電圧)、低圧(低電圧)の区別は、電気事業法の規定に基づく「電気設備に関する技術基準を定める省令」3条1項に規定されているところに従い、電圧は、直流にあっては750ボルト以下、交流にあっては600ボルト以下のものを低圧、これをこえて7000ボルト以下のものを高圧、7000ボルトをこえるものを特別高圧の三種とすることが、当然の前提となっている。

そして、「液体抵抗器」は、以下の文献に示されるとおり、低電圧用と高電圧用とがあって、両者は明確に区別されており、液体抵抗器すなわち高電圧用ということにはならない。

特開昭51-70445号公報(甲第10号証)には、従来例について「水抵抗器は高圧で使用せんとすると、必要な抵抗値を得るのに相当大きな電極間距離が要求され、装置自体が大きくなる欠点を有しており、また水の容体を形成する絶縁物は、高電場においてはその屈曲部あるいは塵付着部などの電界の集中する場所で、絶縁破壊事故が生ずる等の問題があり、高電圧用としては使用されないでいる。」(同1頁右欄2~9行)と記載されており、低電圧と高電圧用のものとは技術的に区別されており、特公平2-32587号(甲第11号証)にも、従来例に関する記述の中に低電圧と高電圧の水抵抗器が全く異なるものであることが示されている(同3欄3~31行)。また、社団法人日本内燃力発電設備協会発行「自家用発電設備専門技術者テキスト(学科編)」(甲第9号証)には、「低圧の場合の一例」と特記された負荷試験用水抵抗器が示されている(図6.1)。この後二者のものは、いずれも本願発明と同じく、電源装置の出力特性の測定試験に供せられる水抵抗器に関する技術であるので、特段の事情がない限り、一般的には上記省令の電圧区分を暗黙の前提として当該技術開示がなされているものと解するのが当業界の常識である。

電気は電圧により非線形の現象や様相を呈するから、高電圧と低電圧とでは質的に異なる現象が現れる。絶縁破壊、アーク放電は高電圧の現象のうち典型的な例である。このように水抵抗器における高電圧用か低電圧用かの区別は非常に重要なことであるのに、審決はこの区別について一言も触れていない。

(2)  審決は、本願発明と引用例発明1とは、「冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御した還流水を・・・抵抗器の抵抗体として用いる方法である点で一致する」と認定したが、誤りである。

引用例発明1における恒温制御は、水温を沸騰点以下の高温度に保持するものであり、具体的には沸騰直前の「90~95℃」の温度範囲に制御するものである(甲第6号証1頁右欄19~20行)。すなわち、引用例1に、「検出素子10は液温を検出するものに限られず、沸騰前の現象を検出しうるものであればよく、たとえば電解液中の気泡量を検出するようにしてもよい。」(同1頁右欄23~26行)と記載され、その発明の効果として、「むだな冷却を行なうことなく、液温を許容できる高温に保持し」(同右欄29~31行)と記載されていることから明らかなように、引用例発明1は、沸騰直前の状態を検出して沸騰を避けるために最小限の冷却を行うようにするものである。

一方、本願発明は、高電圧の状況下で水中アーク放電及びこれによる水蒸気爆発を防止することを目的としており、前述のとおり、本願発明の構成要件〈2〉の「所定温度」は、具体的には、「75℃以下、好ましくは70℃以下」を意味するものと解釈すべきである。

そうすると、本願発明の水温の温度範囲は、引用例発明1のそれと比べて低く、重なり合っていない。

両者が恒温制御における水温の温度範囲の点で一致するとした審決の認定は、誤りである。

(3)  引用例発明1が水温を沸騰点以下の高温度(90~95℃の温度範囲)に保持することによって所要の低抵抗を得るものであることは、審決認定のとおりである。

一方、本願発明は、前述したように、水温は「75℃以下、好ましくは70℃以下」の温度範囲に制御するものであって、水は温度の上昇によってその抵抗値は低くなるという負性抵抗を示す抵抗体であることから、引用例発明1とは反対に、「所要の高抵抗」を得るものである。

また、引用例発明1は、電極の異常消耗を防ぐために循環水を用いるものであるのに対し、本願発明は、高電圧下での水中アーク放電及びこれによる水蒸気爆発を回避するという、水抵抗器における生命身体の安全の確保を目的とするものであって、引用例発明とは、明確にその目的を異にする。目的が違えば、当然その技術内容には相違が生ずることは明らかであり、目的の相違は、両者を対比するうえで重要な事項である。

審決は、両者の以上のような相違点を看過した。

3  取消事由3(引用例2に関する誤り)

審決は、「液体抵抗において、電解質の濃度の変化は、抵抗値に影響を及ぼすものであることは自明事項であり、電解質の濃度を所望値に保持することが前記引用例2に示されているごとく公知の技術である」ことを根拠に、引用例発明1に引用例2に示されているような所望の濃度を得るための恒定制御を並設するだけのことに格別の発明力を要するものとは認められないと判断した(審決書4頁5~12行)が、誤りである。

審決が根拠とした上記事実は争わないが、このことから当然に審決のいう判断は生じない。

なぜならば、所望の濃度を得るための恒定制御の構成方法には種々のものがあり、高電圧用の液体抵抗器である本願発明では、「循環途上でフィルターや純水器等の適宜手段により水中電解質を積極的に濾過排除や分離排除して所定高純度に調節設定する」ように構成した点に特徴があり、引用例2の考案に係る低電圧用の液体抵抗器のように、水を加えて濃度を薄めてこれを恒定制御するのとは異なる。

すなわち、引用例2の液体抵抗器は、電解槽10内に濃度検出器17を設けているが、これを高電圧下で使用すると、引用例1の場合と同様に、電界の集中する前記濃度検出器17の角部と電極12との間で放電現象が生ずることは明らかであって、これが低電圧用としてのみ使用されるものであることは明白であり、このような低電圧用の液体抵抗器においては、使用される電解液濃度は比較的高いもので足りるから、電解質を積極的に排除した水を使用することはありえず、通常は容易かつ安価に入手できる水道水を使用しているものと考えられ、したがって、その濃度の恒定制御は水を加えて濃度を薄めることで足りる。

これに対し、高電圧用の液体抵抗器においては、通常200μs/cm程度という高い導電率を有する水道水では電解質濃度が高過ぎるために、導電率の急激な上昇を招き、水中アーク放電及びこれによる水蒸気爆発の大惨事につながる危険があるため、そのままでは利用できず、前処理が必要となる。水道水以外の水でも、程度の差はあれ前処理が必要であることは経験則上明らかである。

本願発明は、上記構成を採用することにより、このような前処理を必要とすることなく、給水経路を別に作らずに循環経路にフィルターや純水器等を単に介在させるだけで良いため、システムが簡便にできるという優れた効果を奏する。

以上要するに、低電圧用の引用例2の考案と高電圧用の本願発明とは、水中電解質濃度の恒定制御に関する技術思想を全く異にするものであるから、引用例発明1に引用例2の考案の恒定制御の方法を組み合わせても、本願発明に想到できないことは明らかである。

したがって、この点について何らの理由を述べることなく、「本願発明は、前記引用例1および引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる」(審決書4頁13~15行)とした審決の判断は、誤りである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

液体抵抗器においては、社団法人電気学会発行「特殊機器 電気機械工学Ⅵ」(乙第1号証)に記載されているように、溶質の種類、溶解度、温度、交直流の別によって、その固有抵抗が広範囲に変化すること(同号証39~40頁、「2.容液の性質」の項)、電極間にアークを生じさせないこと(同40頁「3.電流密度」の項)、また、同学会発行「電気工学ハンドブック 1978」(乙第2号証)に記載されているように、液体の液面で55℃、ただし抵抗値の甚だしい不安定状態の生じないものは沸騰してよいこと(同号証799頁、「16.2温度上昇」の項)等は技術常識であり、この技術常識からみても明らかなとおり、安全運転限界温度は、溶質の種類や溶解度等を特定することによって適宜に定められるものである。

これらの点について何ら特定がされていない本願発明において、その「所定の温度」を、原告主張のように、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「75℃以下、好ましくは70℃以下」と特定することはできず、それが一実施例にすぎないことは明らかである。

審決の要旨認定に誤りはなく、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  同2について

(1)  液体抵抗器は、特殊機器あるいは電力用として位置付けられており、抵抗器であっても大容量のものに適用されることは技術常識であって、電圧は容量に対応するものであることも自明であることからすると、高電圧の状況下で適用される抵抗器であることは明らかである。

本願発明の要旨には、「高電圧用」「高圧負荷用」とは特定されておらず、「高電圧の状況下で適用する」とあるのみであって、これは、直接高電圧をかける場合だけではなく、高電圧を変圧器で低電圧に降圧して対応させる場合も含むと解される。仮に両者が同義であったとしても、本願発明の要旨には、高電圧に対する特有の技術的構成あるいは低電圧用となしえない技術的構成について特定されておらず、液体抵抗器において、濃度、温度を制御することは、高電圧用に特有のことではないから、単に高電圧用とすることに何らの困難性はない。

原告が引用する省令は、安全性を考慮して定められたものであって、電圧の範囲は、安全性に対する技術の発達とともに改正されるものであるのに対し、原告が挙げる公報、文献(甲第9~11号証)に示されるような液体抵抗器にかけられる電圧は、不変性のものであって、この省令の改正によって変化するものではないから、上記公報、文献に記載されている高電圧、低電圧が、上記省令による区分に基づいているものということはできない。

(2)  液体抵抗器の安全運転限界温度は、溶質の種類や溶解度等を特定することによって適宜に定められるものであり、これらの点について何ら特定がされていない本願発明において、その「所定の温度」を、原告主張のように、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「75℃以下、好ましくは70℃以下」と特定することができないことは、前述のとおりである。

引用例1に示された「90~95℃」は、液温の最も高い部分の温度であるうえ、「たとえば」とあるように、一つの例にすぎず、この温度範囲に特定されるものではなく、より低い温度も排除していない。

前掲「電気工学ハンドブック」に記載されているように、液体の液面で55℃、ただし抵抗値の甚だしい不安定状態を生じないものは沸騰してよいこと(乙第2号証799頁、「16.2温度上昇」の項)は、これが高電圧、低電圧の区別なく適用される水抵抗器の技術的常識であって特別なものではない。

すなわち、本願発明及び引用例発明1は、いずれも設定された温度を常に維持するものであって、この点に差異はない。

(3)  液体抵抗器は、大容量のものに適用される抵抗器であり、本質的にアーク放電等の危険を有しているから、これを防ぐことは当然の技術課題である。

引用例発明1は、この危険を防止するとともに、電極の異常消耗を防ぐ課題を解決し、抵抗値(導電率)を制御するものである。引用例発明1において、固定電極の上部付近に検出器を設けることが直ちに高電圧下で放電を生ずることにはならないし、液温を90~95℃に保持することが直ちに低電圧用を意味することにはならない。どのような電圧であろうと放電を避ける対策を施すのは当然のことである。引用例1に開示された技術は、原告のいう高電圧用、低電圧用の両者に適用される技術であって、本願発明と目的、課題において差異はない。

3  同3について

本願発明の要旨の「循環途上で・・・適宜手段により・・・所定高純度に調節設定する」が示すとおり、本願発明における濃度処理は適宜手段で行うものであり、循環途上で別に給水経路を設けるものを排除していない。すなわち、本願発明は、還流水自体から電解質を抜き取り所定高純度に調節する場合に限らず、電解質を抜き取り処理した水を還流水に補充あるいは入換えして所定高純度に調節する場合を含むと解される。

一方、引用例2には、液体抵抗器において、電解液濃度判別回路により電解液濃度が濃く変化することを検出し、その濃度の変化を抑制するために給水して電解液濃度を所望値に保持することが開示されている。この方法は、電解液の電解質が何であれ使用できるものであるし、原告のいう高電圧用のものにも適用でき、給水用の水が水道水である場合に限られない。

この引用例2に開示された技術を、同じ液体抵抗器に係る引用例発明1に並設したものは、本願発明と同一のものになるのであり、このようにすることに何らの発明力も要しないことは、明らかである。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いはない。甲第9、第13、第14号証は原本の存在についても当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明の要旨の解釈の誤り)について

本願発明の要旨が、「循環途上でフィルターや純水器等の適宜手段により水中電解質を積極的に濾過排除や分離排除して所定高純度に調節設定するのと並行して、風冷式ラジエター、風水冷式ラジエター、熱交換器等の適宜冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御し、少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御した還流水を消費電力が一定に保つよう高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体に循環水を用いる方法」にあることは、当事者間に争いがない。

この要旨に示すとおり、本願発明において、「循環途上で・・・適宜手段により水中電解質を・・・排除して所定高純度に調節設定するのと並行して、・・・適宜冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御」するのは、これにより、還流水を「少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御」するためであることは明らかであり、このように還流水の導電率を「少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御」することにより、本願発明は、この還流水を循環水として「消費電力が一定に保つよう高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体に・・・用いる」ことにしたものと認められる。

ところで、乙第1号証によれば、昭和33年7月10日社団法人電気学会発行「特殊機器 電気機械工学Ⅵ」(3版)には、液体抵抗器につき、「液体抵抗器は液体内に電極を対立させ、電極間の距離または極板の対向面積を変えることによって、抵抗値を連続的に変えるもので、とくに大容量のものに適する。また強電流の実験に負荷としてよく用いられる。」(同号証39頁9~11行)、「溶液としては河水、井水、海水または水に炭酸ソーダ(Na2CO3)、苛性ソーダ(NaOH)、苛性カリ(KOH)、食塩(NaCl)などを溶かして用いる。純粋の水の固有抵抗は、20〔℃〕で大体106[Ωcm]程度であるが、普通の水は(2~12)×103[Ωcm]程度である。水は温度の上昇に伴なって抵抗を減じ、0~100〔℃〕の間の固有抵抗はほぼつぎの式で表わすことができる。・・・」(同39頁12~17行)、「溶液の固有抵抗は溶質の種類、溶解度、温度および交直流の別によって広範囲に変化する。」(同39頁24~25行)、「液体の固有抵抗はその濃度が5〔%〕以下の場合には、濃度に反比例するものである。また、温度係数は温度によって異なり、温度が100〔℃〕に近くなると、抵抗減少の割合は少なくなる。」(同40頁本文2~4行)、「あまり電流密度を上げると、電極間にアークを生じる虞がある。」(同40頁本文8~9行)との記載があり、また、乙第2号証によれば、昭和55年3月1日同学会発行「電気工学ハンドブック 1978」(再版)には、「液体抵抗器は、抵抗変化が連続的であり、液体の成分を変えることにより抵抗値を調整することができ、自動制御に適している。液体抵抗器は一般に温度係数が負である。」(同号証981頁左欄「液体抵抗器」の項)との記載があり、これらの事項は、液体抵抗器について本願出願前周知の事項であったことが認められる。

このことは、甲第2号証の1~3、同第3~第5号証により認められる本願明細書に、水抵抗器に関する従来技術についての認識として、「電力消費により徐々に水温が上昇し水の導電率が大きくなるため、このままでは水の絶縁破壊が起こりアークが発生して危険である」(甲第2号証の2、2頁19行~3頁2行、甲第3号証、「補正の内容」(2))、「水の導電率の温度係数は、1℃あたり0.02程度であり、この温度係数は温度上昇とともに抵抗値を減少させる方向(導電率を増加させる方向)にはたらくものである」(甲第5号証、「補正の内容」(2))、「水の導電率は、含有する不純物の量によって変化する」(甲第2号証の2、4頁5~6行)と説明されていることからも、明らかである。

これらの周知の事項によれば、液体抵抗器の抵抗体である水の導電率(抵抗率の逆数)は、水の電解質濃度と水温との相関関係において決定されるものであり、したがって、水の導電率をある値にするためには、水の電解質濃度の調節と水温の制御を並行して行うことが必要であることは、本願出願前に当業者にとって自明の事項であったと認められる。すなわち、本願発明において、「少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御」するために、「適宜手段により水中電解質を・・・排除して所定高純度に調節設定するのと並行して」、「適宜冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御」するということ自体は、上記周知事項の単なる適用ないしは応用にすぎないことが明らかである。

そして、水の導電率が水の電解質濃度と水温との相関関係において決定されるものであることからすれば、水の電解質濃度が特段規定されておらず、また、液体抵抗器の負荷電流についても何らの規定のない本願発明の要旨の下において、「少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御」し、「高電圧の状況下で適用する」ための「所定温度」が特定の温度範囲のものと一義的にいうことができないことは、自明の事柄であるといわなければならない。

本願発明の要旨にいう「所定温度」を「75℃以下、好ましくは70℃以下」との意義に特定して解釈すべきであるとの原告の主張が成り立たないことは明白である。

原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2(引用例発明1との対比の誤り)について

(1)  引用例1に、審決認定のとおり、「液体抵抗器の電解液を沸騰点以下の高温度に保持させることによって所要の低抵抗を得るとともに、電極の異常消耗を防ぐために、液槽1の電解液を循環用ポンプ7により冷却作用調整装置8および冷却器9を介して循環させるようにした液体抵抗器の抵抗体に循環水を用いる方法」(審決書3頁3~8行)が記載されていることは、当事者間に争いがない。

この事実と前示周知事実によれば、引用例発明1において、「液槽1の電解液を循環用ポンプ7により冷却作用調整装置8および冷却器9を介して循環させるようにした」のは、電解液の液温を所定の温度に恒温制御し、所要の抵抗値を得るためであることが明らかであり、この引用例発明1の構成は、本願発明において、還流水を「風冷式ラジエター、風水冷式ラジエター、熱交換器等の適宜冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御し」、所要の「導電率に恒定制御」することと異なるところはないと認められる。

原告は、本願発明は「高電圧の状況下で適用する」液体抵抗器に係る発明であるのに対し、引用例発明1は低電圧用の液体抵抗器を前提にした発明であって、高電圧の状況下で適用する液体抵抗器に関する先行技術ではないとして、審決が、本願発明と引用例発明1とは、「還流水を高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体として用いる方法である点で一致する」と認定した点を論難する。

しかし、上記認定の事実及び前示周知事実から明らかなように、液体抵抗器において、負荷として必要とされる所要の抵抗値を得るために、電解液の液温を所定の温度に制御することは、液体抵抗器が高電圧用であると低電圧用であるとにかかわらず必要なことであるから、仮に本願発明が高電圧用のものであり、引用例発明1のものが低電圧用のものであるとしても、引用例1に開示されている還流水を用いた水温制御の技術を、本願発明の「適宜冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御」した還流水を用いる技術に対する公知技術として引用することに、何らの誤りはないといわなければならない。

本願発明の要旨に「高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体に循環水を用いる」とあることの意味は、本願発明の要旨及び前示の事実によれば、電解質濃度の調節設定と水温の恒温制御によって水の導電率を水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御することによって、水の抵抗値を安定なものとし、これにより、循環水を「高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体に・・・用いる」ことを明示した以上の意味はないと認められる。本願明細書を精査しても、これを覆すに足りる記載はない。

原告は、液体抵抗器は、低電圧用と高電圧用とがあって、両者は明確に区別されると主張し、特開昭51-70445号公報(甲第10号証)、特公平2-32587号公報(甲第11号証)、社団法人日本内燃力発電設備協会発行「自家用発電設備専門技術者テキスト(学科編)」(甲第9号証)を挙げる。

確かに、「水抵抗器は高圧で使用せんとすると、必要な抵抗値を得るのに相当大きな電極間距離が要求され、・・・また水の容体を形成する絶縁物は、高電場においてはその屈曲部あるいは塵付着部などの電界の集中する場所で、絶縁破壊事故が生ずる等の問題があり」(甲第10号証1頁右欄2~9行)、このため、液体抵抗器を高電圧で使用する場合には、低電圧で使用する場合とは異なった配慮が必要であるということができる。

しかし、液体抵抗器の基本的構造は、前示のとおり、「液体内に電極を対立させ、電極間の距離または極板の対向面積を変えることによって、抵抗値を連続的に変えるもの」(乙第1号証39頁9~10行)であって、この液体を抵抗体として用いることにおいて、高電圧用と低電圧用とに変わるところはないことが明らかである。このことは、原告の挙げる上掲文献(甲第9号証)に「低圧の場合の一例」と特記されて示されている液体抵抗器の図面(図6.1)と、本願明細書に「この水抵抗器αは第5図に示すように3相の各高圧ケーブルaを夫々接続した3つの電極板(又は電極筒)bよりなり縦横3m、高さ2m程の水槽cに架構dを設置して吊り下げ、水中への挿入量を加減して負荷を調整するようにして使用するもので、水槽c中の水を抵抗として例えば発電機の出力電力を消費するものである。」(甲第2号証の2、2頁12~19行)として、高電圧の場合に用いる液体抵抗器として説明されて示されている図面第5図とが、同一の図面といってよい程度に同一の構造を示していることからも、裏付けられる。

そして、本願発明は、液体抵抗器の抵抗体として用いる水の導電率を電解質濃度の調節設定と水温の恒温制御により恒定制御することを目的とするものであり、高電圧下で使用する場合に必要な特有の具体的構成に関する発明でないことは、本願発明の要旨に照らし明らかであるから、仮に本願発明と引用例発明1とが「高電圧の状況下で適用する」点において一致するとした審決の認定が誤りであるとしても、それ以外の真に意味のある一致点の認定において誤りはないといわなければならず、原告の上記主張は採用できない。

(2)  原告は、引用例発明1の恒温制御は水温を沸騰点以下の高温度に保持するものであるのに対し、本願発明における恒温制御は水温を「所定温度」、具体的には「75℃以下、好ましくは70℃以下」の温度範囲に制御するものであるから、審決の「両者は、冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御した還流水を・・・抵抗器の抵抗体として用いる方法である点で一致する」との認定は誤りである、と主張する。

しかし、本願発明の要旨にいう「所定の温度」を「75℃以下、好ましくは70℃以下」との意義に特定して解釈すべきであるとの原告の主張が成り立たないことは、前示のとおりである。そして、既に説示したとおり、液体抵抗器において、負荷として必要とされる所要の抵抗値を得るために、電解液の液温を所定の温度に制御することは、液体抵抗器が高電圧用であると低電圧用であるとにかかわらず必要なことであるから、引用例発明1において、「電解液を沸騰前の所要温度に調整保持させる」(甲第6号証「特許請求の範囲」の項)とあるのは、負荷として必要とされる抵抗値を保持するためであることは明らかであり、この意味で、本願発明において、水中アーク放電が生じない導電率に恒定制御する手段の一つとして、水温を「所定の温度」に恒温制御するのと、その技術的意義に異なるところはなく、上記審決の認定に誤りはないといわなければならない。

(3)  上述したところから明らかなように、液体抵抗器における抵抗値は、負荷として必要とされる抵抗値との関係で定められるものであり、仮に原告主張のように、本願発明が「所要の高抵抗」を、引用例発明1が「所要の低抵抗」を得るものであるとしても、それは、それぞれの液体抵抗器をどのような負荷として使用するかにより定められる事項であり、こうして定められた抵抗値を得るために、これに応じて必要とされる液温に電解液の温度を制御することにおいて、本願発明と引用例発明1とは何ら異なるところはない。

原告の主張する両者の発明の目的の相違もまた、その目的に応じた抵抗値の設定の問題、ひいては液温の設定の問題にすぎず、液温の制御手段そのものについての相違ということはできない。

(4)  以上のとおり、原告の取消事由2の主張は理由がない。

3  取消事由3(引用例2に関する誤り)について

原告は、高電圧用の液体抵抗器である本願発明では、「循環途上でフィルターや純水器等の適宜手段により水中電解質を積極的に濾過排除や分離排除して所定高純度に調節設定する」ように構成した点に特徴があり、低電圧用の液体抵抗器である引用例2の考案のように、水を加えて濃度を薄めてこれを恒定制御するものとは、水中電解質濃度の恒定制御に関する技術的思想を異にする旨主張する。

しかし、原告も認めるとおり、「液体抵抗において、電解質の濃度の変化は、抵抗値に影響を及ぼすものであることは自明事項であり」(審決書4頁5~7行)、「液体の固有抵抗は・・・濃度に反比例するものである」(乙第1号証40頁本文2~3行)ことも周知の事項であるから、仮に原告主張のように、本願発明が高電圧用であり、引用例2の考案が低電圧用であるため、その各水中電解質濃度の恒定制御の具体的手段に差異があるとしても、いずれも、各液体抵抗器に要求される抵抗値を得るために必要とされる濃度に水中電解質濃度を保持するためであり、その技術的思想において、何らの差異がないことが明らかである。

そして、抵抗体に循環水を用い、これを高純度に調節設定するためには、過剰の電解質を循環途上で積極的に排除しなければならず、積極的に排除する手段として、フィルターによる濾過や純水器による分離等の適宜手段があることは、当業者にとって自明の事柄であることは明らかであるから、本願発明の要旨に示される「循環途上でフィルターや純水器等の適宜手段により水中電解質を積極的に濾過排除や分離排除して所定高純度に調節設定する」ように構成することは、自明の手段の採用以上の意味はないことも明らかである。

そうとすれば、液体抵抗器の抵抗体に還流水を用い、これを冷却手段により所定の温度に恒温制御する方法が開示されている引用例1と電解質濃度を所望値に保持することが開示されている引用例2に基づき、当業者にとって自明なフィルターによる濾過や純水器による分離等の適宜手段を採用して、本願発明の構成とすることに格別の発明力を要しないことは明らかであり、「本願発明は、引用例1および引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの」とした審決の判断に誤りはない。

原告の取消事由3の主張は理由がない。

4  以上のとおり、原告の主張はいずれも採用することができず、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第21932号

審決

神奈川県厚木市上古沢1369番地

請求人 株式会社 興研

東京都港区西新橋1丁目20番11号 安藤ビル 菅国際特許事務所

代理人弁理士 菅隆彦

昭和62年特許願第308698号「抵抗器の抵抗体に循環水を用いる方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年10月27日出願公開、特開昭63-260003)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和60年11月25日に出願した特願昭60-262532号の一部を昭和62年12月8日に新たな特許出願としたものであって、その発明の要旨は、平成2年3月23日付け手続補正書、平成2年8月31日付け手続補正書、平成3年1月10日付け手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲1に記載されたとおりの、

「1.循環途上でフィルターや純水器等の適宜手段により水中電解質を積極的に濾過排除や分離排除して所定高純度に調節設定するのと並行して、風冷式ラジエター、風水冷式ラジエター、熱交換器等の適宜冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御し、少なくとも水中アーク放電を生じない導電率に恒定制御した還流水を消費電力が一定に保つよう高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体に循環水を用いる方法」

にあるものと認める。

これに対して、原査定の拒絶理由で引用された、本願出願前日本国内において頒布された特公昭44-6098号公報(以下、「引用例1」という)には、液体抵抗器の電解液を沸騰点以下の高温度に保持させることによって所要の低抵抗を得るとともに、電極の異常消耗を防ぐために、液槽1の電解液を循環用ポンプ7により冷却作用調整装置8および冷却器9を介して循環させるようにした液体抵抗器の抵抗体に循環水を用いる方法が記載されており、同じく、実開昭53-31235号公報(以下、「引用例2」という)には、液体抵抗器において、電解液濃度判別回路を設けて電解液濃度を所望値に保持することが記載されている。

そこで、本願発明(以下、「前者」という)と前記引用例1に記載のもの(以下、「後者」という)とを対比すると、両者は、冷却手段にて水温を所定の温度に恒温制御した還流水を高電圧の状況下で適用する抵抗器の抵抗体として用いる方法である点で一致するが、前者は、循環途上でフィルタや純水器等の適宜手段により水中電解質を積極的に濾過排除や分解排除して所定高純度に調節設定し少なくとも水中アーク放電を生じない導電率にする恒定制御を並設しているのに対し、後者には、このような恒定制御については不明である点で相違する。

しかしながら、液体抵抗において、電解質の濃度の変化は、抵抗値に影響を及ぽすものであることは自明事項であり、電解質の濃度を所望値に保持することが前記引用例2に示されているごとく公知の技術である以上、後者においてこのような所望の濃度を得るための恒定制御を並設するだけのことに格別の発明力を要するものとは認められない。

したがって、本願発明は、前記引用例1および引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年10月3日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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